「読み逃げ」をされたくなければ「読める」日記を書けばいい
「読み逃げ」をされたくなければ「読める」日記を書けばいい、そのためにはどうするべきなのか、建設的に考えてみることに。自戒も込めて。
1.突っ込める部分を作る
例えば以下のような情報を伝えたいとする。
これじゃあ、コメントの付けようがないでしょう。ついても「スパゲティは私も好きです」みたいなコメントしか付かないと思います。今日昼にスパゲティ食べた。おいしかった。
こういう場合はこれくらい書いておけば何らかのつっこみが付くでしょう。
これであれば「○○であればナポリタンもおいしいですよ」、「シーフードスパゲティなら△△のもおいしいですよ」みたいなことを書けるわけでコメントが付けやすくなります。今日昼に○○でシーフードスパゲティ食べた。たくさんムール貝が入っていてジューシーでおいしかった。
2.失敗談を書く
人の不幸はなんとやら、人間他の人の不幸な話が自然と気になってしまいます。些細な失敗談を適度な頻度で入れてやるといいのではないかと。あまりやりすぎてネタっぽくなってしまうと逆効果になってしまいますが・・・・・・。あまり間抜けすぎるのも考え物ですが、失敗談などは精神学的にも自己開示といい、その人により親しみやすくする効果があります。
3.食べ物と天気
食べ物と天気はコメントしやすいトピックです。
食べ物は嫌いでも好きでもコメントが付けやすいので。
ただし、何かが嫌いというのはいいですが、「○○を食べる人の気が知れない」というようなものは差し控えるべきです。食欲は本能ですからそれを否定されるとより深い部分で嫌悪感が発生します。
天気は五感で容易に感じ取れ、イメージがしやすいので、読者との感覚共有が比較的簡単に取れると思います。
4.専門的なことを書く場合には
専門的な情報を書く場合もありますが、この場合、できるだけ敷居が低いものも用意するべきであると思います。別に毎回基本的な説明を書く必要はなくて、その記事から以前の記事にリンクしておくだけでもかなり違うのではないかと思います。画像をできるだけ用意するなどの配慮も必要かと思います。
コメントが付くのと読まれているのとは別だと考えるべきです。コメントはメールなどと違い、意見を述べるための日記の内容の一部という要素も含んでいます。つまり、コメントを書き込むことにより、そのコメントは筆者のみならず、多数の人が閲覧可能ないわば、日記の一部になります。そのため、コメントを付ける行為はいわば自分の考えを日記が公開されている範囲の人に広げることであり、気楽に出来ない人もいる、ということも理解してください。
また、当たり前の話になりますが広く公開している以上、その閲覧者は不特定多数となり、まったく異なった考えを持った多数の人に閲覧されることを意識するのは非常に大切だと思います。律儀に読む物全部にコメントを付ける人がいれば、コメントを全く付けない人もいます。mixiやほとんどのSNS要素を含むほとんどのシステムには公開範囲を指定する機能があります。読み側にどのように振る舞って欲しいかを指定しないといけないようなものであるのであれば公開範囲を制御すればいいのです。
一般論になってしまいましたが、「読み逃げ」に関する個人的な考えでした。
Comments
・・・しかし、そこまでして人気者になりたいのかな(笑)。コメント=自分の価値という脅迫観念にとりつかれているような気がします。自分に対する自信がないのでどうしても目に見える形での評価がほしいのです。
または自分大好き(笑)なので、こんなスゴい日記にコメントしないとは許せん、と心理。どちらかというと私は前者だと思います。
動物の写真もいいですね。
やり過ぎると、所謂「親バカ」的になる危険性もありそうですが。(笑)
システム構造上トラックバックを繋げられないので、参照用URLをば。
『もののけ電波塔・ブログテスター』
“読み逃げ禁止主義者さんは読み逃げをしないのか?”
http://mononoke-denpatou.txt-nifty.com/blog/2007/03/readonly_3093.html
中には、「足跡しか残っていないと、覗き見されてるようでブキミ」と感じる方もいらしゃるようで。「だからといって、ネズミ算式にコメントやりとりの代変わり総数が増えたら、どうするのか?」という、別の問題を提起されてた方も居ました。
* westwind@周防国 *
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